大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)140号 判決

原告

越山康

右訴訟代理人弁護士

山口邦明

原告

佐竹寛

原告

松浦三知子外五三〇名

(別紙選定者目録記載のとおり)

選定当事者

紀平悌子

原告

池田拓朗外二一二名

(別紙選定者目録記載のとおり)

選定当事者

市川房枝

原告

春日慎一外三九名

(別紙選定者目録記載のとおり)

選定当事者

吉住利雄

被告

東京都選挙管理委員会

右代表者委員長

小川精一

右訴訟代理人弁護士

鎌田久仁夫

右指定代理人

雨宮昌平

小川洋平

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本件訴の適法性についての判断

原告ら(別紙各選定者目録記載の者を含む)が、いずれも昭和五二年七月一〇日に行われた本件選挙において東京都選挙区の選挙人であつたことは当事者間に争いがない。

原告らは、本件選挙における各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率が最大5.26対1に及んでおり、また議員一人当りの全国平均有権者数を超えて最少代表となつている選挙区が存在しており(その詳細は、別紙(二)の原告準備書面(二)参照)、これは明らかになんらの合理的根拠に基づかないで住所(選挙区)のいかんにより一部の国民を不平等に取り扱い、投票価値の平等を侵害しているものであるから、憲法第一四条第一項に違反するとし、本訴を公選挙法第二〇四条に基づく選挙無効訴訟として提起しているものであるところ、本訴が同条所定の三〇日以内である昭和五二年八月八日に当裁判所に提起されたものであることは本件記録上明らかである。

ところで、被告は、本件訴を不適法であると主張して、その却下を申立てている。

右申立の理由は、要するに、本件のように投票価値の平等を侵害されたことを理由とする訴は、公選法第二〇四条の訴の要件に適合しないものであり、裁判所は、制定法の範囲内で裁判権を有するに過ぎないから、投票価値平等の要請が国民の基本的人権にかかわり、これに対する侵害につき他に適切な救済手段が存しないからといつて、本件のような訴について同条を適用して出訴を許すことは、民衆訴訟である同条の不当な拡張解釈であつて不適法である、というに帰するものである。

しかし、本件訴の理由とする投票価値の平等が侵害されているか否かという事項は、その固有の性質上、裁判所による判断を不適当とするものではなく、憲法上明文をもつて立法府あるいは行政府の専権的判断事項として定められているものでもないから、一般に裁判所において判断することは妨げないというべきである。

そして、公選法第二〇四条が、本来は選挙の管理、執行に瑕疵があつた場合に関する規定であるとしても、選挙人が議員定数配分の不均衡の故に、憲法上保障されている選挙権の平等が侵害されたとして裁判による救済を求めている場合に、右のような訴が前述のように本来、裁判所による判断に親しむにもかかわらず、公選法第二〇四条の訴の要件に適合せず、かつ、他に救済方法も存しないとして、救済を拒否することは、そもそも同条が選挙の執行、管理上の瑕疵についてすら救済を認め、公正な選挙の実現を図つていることと権衡を失し、法の趣旨、目的から乖離するばかりか、他に適切な救済の方途も現行法上認められない以上、憲法上保障されている基本的人権に対する侵害を放置する結果となるものであり、従つて、このような結果の生ずることを避けるために、議員定数配分規定の違憲を理由とする訴について公選法第二〇四条の適用を認めることは、むしろ憲法の要請にそうといえこそすれ、民衆訴訟である同条の不当な拡張解釈というには当らない、というべきである。

被告の前記本案前の申立は、以上の説示と相反する見解に立脚するものであつて、採用のかぎりではない。

よつて、本件訴は適法といわなければならない。

二本案についての判断

(一)  憲法第一四条第一項、第一五条第一項、第三項、第四四条の規定は、少くとも選挙人資格の差別の禁止あるいは一人一票の原則(選挙権行使の平等)、を意味するものであることはいうまでもないが、憲法上選挙人の資格による差別が許されないとともに、住所(選挙区)による差別も許されないと解すべきであるから、右各規定は、単に選挙権の行使の平等を保障するにとどまらず、選挙権の内容の平等すなわち各選挙人の投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であること(投票価値の平等)を保障する趣旨をも包含しているものと解すべきである。

従つて、本件選挙が、各選挙区間の議員定数配分の不均衡を理由として違憲となるか否かについて判断するにあたつては、本件議員定数配分規定に従つて執行された本件選挙における各選挙区の選挙人の有した投票価値が憲法の右保障に合致する平等なものであつたか否かについての検討を必要とするものというべきである。

(二)  ところで、本件議員定数配分規定が、右に述べた意味における投票価値の平等の要請に合致しているか否かは、必ずしも常に右規定の定める定数配分が各選挙区の人口数に比例しているか否か、すなわち例えば、原告らの主張するように「議員一人当りの有権者分布差比率の大小」あるいは「議員一人当りの全国平均有権者数を超えて最少代表となつている選挙区の有無」等の判断基準のみによつて決せられるべきものとはいえない。

なんとなれば、一般に議員定数の配分は、その有する機能等に応じて一定の配分原則に基づいてなされているべきはずのものであり、従つて、本件議員定数配分規定において前述の投票価値の平等が保障されているか否かも右の配分原則との関連において検討されるべきものだからである。

ふえんすれば、衆議院議員に関しては、右議員が国民代表的性格を有するので、その定数配分をするにあたつては、人口比例を第一原則とすべきものであり、右原則に反する定数配分は、投票価値の平等の要請に反するといい得るとしても、参議院地方選出議員の機能については、衆議院議員及び参議院全国選出議員との対比においてこれらと同様の国民代表的性格を有するものとは直ちにいい得ず、かえつて、〈証拠〉(二井関成「選挙制度の沿革」株式会社ぎようせい、現代地方自治全集=9)によつて認められる参議院議員選挙法別表(昭和二二年法律第一一号。沖繩県の復帰に伴つて追加された同県選挙区分を除き、その余は現行の本件議員定数配分規定と同一である。以下、「本件議員定数配分規定」というときは、右参議院議員選挙法別表をさす場合もある。)についての国会における政府の提案理由説明によつてみると、参議院地方選出議員は、地域代表的性格を有するものとして設けられたものとされているのであり、そうであるとすれば、人口比例によつて定数配分をすることか、制度本来の必然的あるいは唯一の原則であるとはいい得ず、他の配分原則によつても、あながち不合理とはいえないから、本件議員定数配分規定が憲法の選挙権平等の要求に反する程度に至つているか否かを判断するについても、右規定における配分が、いかなる原則に基づくものであるかという問題との関連において検討されるべきものであり、これを措いて直ちに人口比例の原則によつてこれを決するのは当をえないというべきである。

しかるところ、地域代表的性格を有する参議院地方選出議員の定数配分を定めるについて、いかなる原則によるかは、もとより国会の合理的裁量に委ねられているものであるから、本件議員定数配分規定の定数配分が、憲法の選挙権平等の要求に反しているか否かは、(イ)国会が右規定を定めるにあたつて採用した定数配分の原則が合理的致量の限界を超えるものであるか否か、(ロ)右の配分原則自体は右の限界を超えていないとしても、右の原則に基づいてなされた各選挙区間の具体的配分定数か、憲法の選挙権平等の要求に反するといい得る程度に不合理なものであつたか否か、(ハ)右具体的配分数が制定当初においては不合理なものではなかつたとしても、その後の社会的状況の変動により、これに対応する政策的裁量を考慮に入れても、本件が選挙当時には、一般的にはその合理性をとうてい肯認できない程度に明白に不合理なものとなるに至つていたか否か、という諸点から判断して、これを決すべきものである。

(三)  そこで、右の見地に立つて、先ず本件議員定数配分規定がいかなる配分原則に基づいて定められたかについてみることとする。

〈証拠〉(自治省選挙課長大林勝臣「参議院議員の選挙制度をめぐる論議(1)」全国市区選挙管理委員会編、昭和五三年一月一五日発行「選挙時報」二七巻一号二頁)によると、本件議員定数配分規定のとつた配分方法は、当時の資料上、どのような論議のもとに採用されたか必ずしも明らかでないのであるが、臨時法制調査会が「定数の最少限の割当は各選挙区につき二人、爾余は、各都道府県における人口に接分し、偶数を附加する。」旨答申しており、また、所管大臣が、「各選挙区において選挙すべき議員の数は、最近の人口調査の結果に基づいて各都道府県の人口に比例して、最低二人、最高八人の間において、半数交替を可能ならしめるが為それぞれ偶数となるように定めることとした。」旨の提案理由説明をしていることが認められる。

右事実と本件議員定数配分規定とを併せてみると、右規定は、各都道府県をそれぞれ一選挙区とし、総定数を一五〇人(制定当初)としたうえ、一定の枠内(最少人口区でも定数を二人とし、各選挙区とも偶数)においてではあるけれども、人口比例の原則に基づいて定数配分をしたものであつて、他の別異の原則によつたものではないことが認められる。

(四)  ところで、右人口比例の原則による本件議員定数配分規定の合理性についてみるに、国会が右のような原則を定数配分の基準として採用することは、もとよりその裁量の限界を超えない合理的なものというべきであるし、また、本件議員定数配分規定の制定当初においては、各選挙区間における具体的配分数が右人口比例に照らしてみて不合理が存した形跡も格別認められない。

(1)  しかしながら、当事者間に争いのない事実によれば、本件選挙時における各選挙区の有権者数は別紙(二)の原告準備書面(五)添付別表「議員配分検証表」(二)(以下同準備書面添付の各別表を単に別表()番号により「別表(一)」等という。)の選挙人欄記載のとおりであり、各選挙区の議員一人当り有権者数の格差は甚たしく、有権者分布差比率の最大のものは神奈川と鳥取の5.26対1(本件選挙の時点における人口比に基づく資料はないが別表(一)の昭和五〇年度国勢調査の人口によれば、神奈川、鳥取間で5.50対1)に及んでいることが明らかであり、これは前記投票価値の平等の保障の点から無視できない格差というべきであろう(なお、当事者間に争いのない別紙(二)の原告準備書面(二)添付別表記載の数字から知られる議員一人当り全国平均有権者数からの偏差を検討すると、原告ら主張のように、右平均を上廻るいわゆる過剰有権者の数がさらに「議員一人当り全国平均有権者数」をも上廻る程の過少代表となつている選挙区の存することも認められる)。

しかし、本件議員定数配分規定につき、右のような格差を理由に憲法の平等原則に反するとすべきかどうかを判断するにあたつては、既に述べた参議院の特殊性を考慮しなければならない。参議院には、同時に選挙される地方選出議員と全国選出議員があり、前者が地域代表的性格を有するのに対し、後者においては徹底した投票価値の平等が実現されているが、この全国選出議員の存在により地方選出議員の定数が制約され(四七選挙区に一五二名)、このことが人口比に応じた定数の配分を困難ならしめる一因となつている。さらに参議院議員の半数改選制(憲法四六条)に基づく現行制度によれば、各選挙区に最低二名の定数が配分されるため、総定数一五二名中九四名(四七選挙区各二名)がこれにあてられ、人口比により配分し得るのは残余の五八名に過ぎず、これを偶数で人口比により配分すべきこととなり、過疎地、過密地の人口差が著しくなつた現在、人口比例の原則を貫くには技術的に格別の困難を伴うに至つていることを認めなければならない。このことは後に(六)において述べるように人口比例を志向する原告準備書面(五)の試案においてすら、なお、4.17対1という格差が残ることからも窺い知られるところであろう。

かような技術的困難性に加えて、参議院地方選出議員の地域代表的性格等参議院の特殊性を合わせ考えると、前記議員一人当り有権者数の格差のみから直ちに本件議員定数配分規定が憲法の平等原則に違反するに至つていると断ずるには疑問があるといわねばならない。

(2)  しかし、前記当事者間に争いのない別表(二)により認められる本件選挙時における各選挙区の有権者数と本件議員定数配分規定の各選挙区の議員定数を対比してみると、本件選挙時においては、人口数の多い選挙区の議員定数が、人口数の少い選挙区の議員定数よりも少くなつているという人口数と議員定数との間におけるいわば逆転現象ともいうべき人口比例の原則に全く背反する事態が多数生じていることが明らかである。

すなわち、神奈川(有権者数四四五万人。万未満切捨、以下同じ)が議員定数四人であるのに対し、福岡(三〇四万人)、兵庫(三四七万人)、愛知(四〇一万人)は議員定数がそれぞれ六人であり、北海道(三七一万人)は議員定数八人で、いずれも神奈川に対して有権者数と議員定数との関係が逆転している。また、前記の愛知、神奈川のほか、大阪(五六〇万人)は議員定数六人で、それぞれ北海道との間で逆転し、埼玉(三三〇万人)は、議員定数四人で、福岡との間で逆転している。その他、岐阜(一三〇万人)は、議員定数二人で、栃木(一一九万人)、熊本(一二二万人)、鹿児島(一二二万人)、群馬(一二三万人)の議員定数各四人との間で逆転し、宮城(一三七万九九八九人)は、議員定数二人で、右の栃木以下の各選挙区のほか岡山(一三〇万人)、福島(一三七万六六五七人)の議員定数各四人との間で逆転している(なお、右に示した逆転現象は、弁護の全趣旨により当事者間に争いのないものと認められる昭和四〇年、四五年、五〇年の各国勢調査の結果による人口数((別紙(四)の被告準備書面(三)の別表記載のもの))によつてみると、昭和五〇年には宮城と福島、昭和四五年には右のほか、埼玉と福岡、昭和四〇年には以上のほか、神奈川と愛知、北海道、岐阜と熊本、鹿児島、宮城と熊本、鹿児島、福島との各相互間においては、生じていないことが認められる。)。

そして、一般に右のような逆転現象がいかなる程度に達すれば、本件議員定数配分規定が全体として憲法の選挙権平等の要求に反する不合理なものと判断すべきかは一応問題であろうけれども、右認定のとおり本件選挙当時におけるように、前記(1)に判示した議員一人当り有権者数の格差にとどまらず、多数の選挙区間で多岐に亘つて顕著に逆転関係が生じているというようなことは、前述の人口比例の原則下においては、とうていその合理性を肯定し得ないことが明白というべきものであり(府県制をとつていない北海道につき、特殊事情があるとして同選挙区に関する逆転関係を考慮の外におくとしても、この判断を動かすことはできない)、かつ前記(1)の判断において考慮した事情(ちなみに右逆転関係の是正は(1)の場合程に技術的困難は大きくないと考えられる)を酌んでも、なおこれをやむを得ないものとすることはできないと考えられる。以上により、本件選挙当時、本件議員定数配分規定の下における各選挙区間の定数配分は、憲法の選挙権平等の要求に反するに至つていたものと判断するに十分というべきであり、国会が一般に状況変動に対応して政策的裁量をなし得るとしても、もはやこれを考慮に入れても右の判断を左右することはできないものというべきである。

(五)  しかしながら、右の事から直ちに本件議員定数配分規定を違憲と断ずることは、以下述べる理由により困難というべきである。

すなわち、前認定によれば、本件議員定数配分規定は、その制定当初から憲法の投票権平等の要求に反していたものではなく、制定後の人口移動によつて次第に右の要求に適合しなくなるに至つたものというべきであるが、このような場合に、いかなる時点において憲法の要求に反する不平等の状態になつたものと判断すべきかについては、必ずしも客観的に明白な判断基準があるわけではないから、右時点を確定するに困難を伴うもので、結局は第一次的には国会の適切な判断にまつよりほかなく、しかも過密区と過疎区等との人口偏差が時とともに変動する可能性をはらむ流動的な事態の下において、右変動に対応して議員定数配分規定の頻繁な更正をすることは制度上相当でなく、実際上も困難であること等を考慮すると、本件議員定数配分規定につき、いついかなる時点において是正の方途を講すべきかは、是正の内容とも関連し、将来の人口移動の予測その他諸種の政策的要因を斟酌してなす国会の合理的数量に委ねられていると解すべきものである(ちなみに、本件議員定数配分規定に関しては、衆議院議員の定数配分規定である公選法別表第一についての「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」とのような添書が存在しない。)。

従つて、そうであるとすれば、裁判所は、当該議員定数配分規定による定数配分が憲法の選挙権平等の要求に反するに至つていると考える場合においても、その故をもつて直ちに右規定を違憲と断ずべきものではなく、合憲、違憲の判断時点の確定の難易及び是正方法の難易、国会の対応態度、是正実現の期待可能性その他諸般の事情を斟酌し、是正実現のために既往の期間を含めてなお相当期間の猶予を認めるべきものと考えられるときは、右期間内は是正問題は、いまだ国会のいわば裁量の手中にあるものとして違憲の判断を抑制すべきものと解するのが相当である。

(六)  そこで、右の観点から以下、本件議員定数配分規定について、その是正の難易及び国会等関係機関における従来の是正実現への対応ないし是正論議の内容、経過に関して検討する。

参議院地方選出議員の選挙区及び定数をいかに定めるかについては、参議院全体あるいは全国区、地方区のそれぞれのあるべき構成、機能ともかかわる問題ではあるけれども、それは措いて、前述のような人口比例の原則に照応するように是正するにしても、昭和五〇年国勢調査の結果が別表(一)が示すように過密区と過疎区とに極端に分れてしまつている(最多人口区東京は最少人口区鳥取の二〇倍、鳥取の一〇倍以上が大阪、神奈川、愛知の三区、五倍以上が北海道、兵庫、埼玉、福岡、千葉、静岡の六区ある。)のに対し、議員総定数にも自ら限度があること及び過疎区についても現行制度上、定数二人を必要とし、各選挙区とも偶数という制約があることから考えると、本件議員定数配分規定を、その制定当初の配分方法である人口比例の原則に則つたうえ、しかも十分合理的な均衡を得たものとして長期間制度として固定し維持するに耐えるような全面的是正をはかることが決して容易でないことは見易い事理というべきである。

右のことは、原告らの主張する改正試案(原告準備書面(五))についてみても、いい得ることである。

本試案は、原告らの主張するところによると、基本的には本件議員定数配分規定の制定に際して用いられた手法(総人口を地方選出議員総定数で除して得た数で、さらに各選挙区の人口を除し、算出された数を基本配分数とし、右基本配分数に応じて定数を配分する手法。)を昭和五〇年国勢調査の結果による人口数に適用して得られたものというものである。しかし、本件議員定数配分規定の制定当初における各選挙区の人口比によれば、右手法による配分結果に格別不合理な点が存しなかつたことは前述のとおりであるけれども、その後過密区と過疎区とが極端に分れた現状において、原告ら主張の本試案の手法による配分は必ずしも合理的なものとはいい難いものがある。

すなわち、地方選出議員総定数一五二人中、増減各二二人という大きな改正を加え、過密区である東京が八人から一六人、神奈川が四人から八人に、それぞれ二倍増、大阪が六人から一〇人に1.6倍増、埼玉と千葉が四人から六人に、それぞれ1.5倍増、愛知が六人から八人に1.3倍増となるが、これは別表(一)についてみると、人口数において全国平均人口数(二三八万人)に近い京都から、人口順位でほぼ中間に位置する栃木まで(ただし、宮城、岐阜を除く)のいわば標準区の定数を吸い上げたことによるものであり、一一都道府県によつて定数の半数を超える八〇名が占められ、他の三六府県にはおしなべて定数各二名計七二名が配分されるに過ぎず、参議院地方区の特性が無視される嫌いがあり、標準区の犠牲において過密区の保護に偏しているとの批判は避け難いものというべきであろう。従つて、また当然のことながら、このようにして得られた議員一人当りの人口分布差比率は、定数同数(二人)の最多人口区(京都)と最少人口区(鳥取)との間において4.17対1という格差を生ずることにもなるのである。

かように、人口比例を志向する右原告の試案においても、必ずしも合理的でない面のあることが指摘できるのであり、唯一無二のものとして直ちに採用されるべきであるといい得る難点のない是正案を見出すことは困難というべきであつて、ひつきよう事の解決は、考慮に値いする諸要因を検討、取捨して得られる妥当な調査案をもつて満足するよりほかないものと考えられるのであるが、それとても必ずしも単純、容易なことではなく、その故にこそまさに国会等関係機関における定数是正論議は、以下述べるとおり多年に亘り、しかも多様をきわめているのである。

すなわち、前掲〈証拠〉(前掲大林勝臣「参議院議員の選挙制度をめぐる議論(2)」前掲誌二七巻二号一頁)を適宜要約引用すると、国会等関係機関において、現在に至るまで大要次のような定数是正論議がなされていることが認められる。

参議院地方区の定数配分は、昭和二一年四月の国勢調査の結果に基づいて行われたものであるが、その是正の論議は、昭和二三年八月の国勢調査の結果、東京都の人口が異常な増大を示したことから当時の国会において問題とされて以来、選挙制度調査会(昭和二四年発足)、憲法調査会(昭和三二年発足)において参議院の組織等について長期間論議された後、選挙制度審議会(内閣総理大臣の諮問機関として昭和三六年設置)において第一次から第七次(昭和三六年六月から昭和四七年一二月まで)に至るまで参議院のあるべき機能、組織、認定数等と関連して論議された。殊に、第五次審議会(昭和四一年一一月発足)、第六次審議会(昭和四四年五月発足)、第七次審議会(昭和四五年一二月発足)において継続して検討された結果、第七次審議会の小委員会において、(1)各地方区に一律に定数配分する。(2)人口比例により配分する。(3)大まかな人口段階に応じて配分する。(4)人口との関係で生じている著しい不合理を是正するにとどめる、との意見に分れたが、右(1)ないし(3)案にはそれぞれ難点があるとし、結局参議院の場合には必ずしも厳密に人口に比例する必要がないと考えられること、各地方区はそれぞれなるべく小範囲の修正によつて定数の不合理を是正することが適当であること、すなわち、いわゆる選挙区間の逆転現象を目指して最少限度の是正にとどめ、かつ、地方区の定数を減少することは事実上不可能であると思われること等の理由によつて、前記(4)によることが相当であるとし、具体的には東京を一〇人、大阪を八人、神奈川を六人、宮城及び岐阜を四人とする(昭和四五年国勢調査の結果に基づく)との小委員会委員長報告がなされた。しかし、第七次審議会では衆議院の選挙区制論議に多くの時間を費し、また、その間解散による総選挙が行われたため、小委員会の右報告の内容については実質的審議をするに至らず、昭和四七年一二月に総理大臣に対し審議状況報告を行うにとどまつた。他方、国会でも選挙制度の改正論議が行われる度毎に参議院議員の選挙制度の問題点が指摘され続けてきたが、とくに最近では昭和四九年の参議院通常選挙を契機として各党間におけるきわめて差し迫つた検討問題としてとり上げられてきた。自民党においては、昭和五一年末の総選挙において発表した基本政策の一つとして、「若干の地方区については総定数の範囲内において人口の増減に伴う定数の調整措置をとる。」「これらの改革に当つては、各政党間の話合いをつめ、合意を得るように努力する。」とし、社会党も昭和五一年一〇月五日の同党選挙制度特別委員会で、地方区の定数是正等をきめていた。公明党も地方区の定数是正の早急な実現を訴えていたし、民社党も全国区制の根本的改正と定数是正をとなえ、共産党も地方区の定数是正を主張した。そして、第七五回(通常)国会以来、参議院の公職選挙法に関する特別委員会に小委員会が設けられ、とくに地方区の定数是正問題を中心に各党協議が続けられてきたのであるが、全国区制、地方区制のそれぞれについて問題をかかえる参議院制度の改正については、社会、公明、民社、共産各党は、先ず地方区の定数是正を先決とすべきであるとするのに対し、自民党は、地方区の定数是正は全国区制の改正と一体のものとして検討すべきことを基本方針としていたため協議がととのわず、さらにその間公選法別表第一の定数配分に関して最高裁判所の違憲判決が出たこともあつて、昭和五二年の第八〇回(通常)国会において、野党四党議員共同提案の形で地方区の定数是正を内容とする公選法の一部改正法案(八都道府県について計一八名増)が提案され、一方参議院自民党議員からは全国区に拘束名簿式比例代表制をとるとともに、総定数の範囲内における地方区の定数是正(二都県について計四名増、二道県について計四名減)を内容とする法律案が提案された。しかし、右両案とも審議未了で廃案となつた。なお、以上のような各党論議を背景としながら本件選挙が終つてからは、全国区制に対する批判がますます高まり、現在自民党では、参議院自民党政策審議会を中心にあらためて選挙制度の改正が検討されており、そこで、述べられた意見、改正案は、全国区制については拘束名簿比例代表制等の六案に集約され、地方区の定数については、地方区のもつ地域代表的性格を重視して各選挙区に一律二人を配分するとの案もあるが、現行定数の枠内で最少限度の逆転是正をはかるという意見が、その後実施された参議院同党所属議員を対象とするアンケート調査の結果による多数意見となつている。

なお、原告準備書面(六)の試案も、前記改正論議の中で参議院第二院クラブが、昭和五〇年四月に参議院公職選挙法改正に関する特別委員会に提出したものであるというのであるが、地方選出議員の地域代表という特殊性から各選挙区に一律に各二人あて配分し、残定数五八人を人口数一八〇万人以上の選挙区に対し人口比によつて増減配分し、総定数に変更を加えない手法によるというのであり、地方区の特殊性と人口比例の原則との両立調和を意図したものと評価され、そのこと自体は一般的には妥当と思われる。もつとも、右試案は昭和四五年国勢調査の結果に基づく人口数を基礎資料として用いたものというのであつて、右国勢調査時、人口一八〇万人未満であつた(被告準備書面(三)の別表参照)岐阜(定数二人)は追加配分の対象とされず、岡山(定数四人)は減員の対象とされているが、右表及び別表(一)によると、昭和五〇年国勢調査時においては、右両選挙区とも人口一八〇万人を越えているから、昭和五〇年国勢調査の結果に基づく人口数を基礎資料として是正することとなれば、本試案はそのままでは使用できないこととなる(例えば追加配分の基準点を人口数二〇〇万人に求める等の修正手段を講じなければならなくなる。)。

右を要約再言すると、従前の定数是正論議の方向は、(1)全国区制とともに是正を可とする意見、(2)全国区制の改正とは切離して是正するのを可とする意見とに大きく分れ、さらに是正の方法について、地方選出議員の機能あるいは暫定的短期間のものとするか固定的長期間のものとするか等と関連して(イ)各選挙区に一律に同数を配分する。(ロ)最少限度の逆転是正をする。(ハ)なんらかの基準によつて全面的是正をする、との各意見が対立し、しかも右(ハ)の意見によるとしても、その手法が多数存在するものである。

(七)  以上要するに、本件議員定数配分規定の是正に関しては、参議院制度の根幹にかかわる根深い意見の対立があり、右意見に対応して種々の是正案が考えられること、是正の方法に、衆議院の場合と異つて特別の技術的困難をも伴う等のことから、国会等関係機関における長期間に亘る準備作業や法案審議にもかかわらず、未だ立法的解決に達していない事実が認められる。

そして、右の事実に加え、前認定によると、昭和四五年国勢調査の以後はともかく、それ以前においては本件議員定数配分規定をもつて憲法の要求する投票権の平等に反するに至つているものと判断すべきか否かについては必ずしも明確に断定し難いこと、参議院については、全国選出議員も存し、地方選出議員が、地域代表的性格を有することからすれば、その各選挙区の定数は、衆議院の場合に比して、制度的により相当長期間固定されて然るべきものであり、公選法の規定(前記添書の存しないこと等)もそのことを前提としているものと解せられること等を考え合わせ、かつ、国会等関係機関が現に是正のための努力をしているものと認められ、是正の実現が期待し得ないものとも断定し難い現況にある以上は、結局、国会に対し、他事を考慮して徒らに遅滞するようなことなく、もつぱら公正かつ効果的な代表選出という観点から、従前にも増して真撃な努力を傾注して対立する諸意見を調整し、かくして可及的速かに国民的合意を得られるような定数是正の実現をはかることを期待し、右期待の下において、既往の期間も準備期間として含めて、右の実現のために、なお若干の期間を認めることが相当であるというよりほかないものというべきであり、憲法上もこれを許容すべきものと考える。

してみれば、本件議員定数配分規定の是正問題は、現に国会の裁量の手中にあるというべきもので、裁判所が、制定当時合憲であつた右規定を違憲と断ずるのはなお時期尚早とすべきであり、従つて本件議員定数配分規定の下に執行された本件選挙をもつて違憲とすることは困難であるといわなければならない。

三よつて、原告らの本訴各請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(安岡満彦 内藤正久 堂園守正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例